天国へ逝ったおじいちゃん。


お爺ちゃんが死んだ。

8月27日に訃報が届いた。
「お爺ちゃんが亡くなりました。至急電話をください。」
母親からの連絡だった。

僕はすぐに会社に忌引申請を出し、新幹線に飛び乗った。
着くなり、すぐに式場へ連れて行かれた。

早々に付いていた親戚たち。
中央には棺桶があった。

「のぞいてごらん」
お父さんが言った。

そこにあるお爺ちゃんは、苦しみから解放され、とても凛々しい顔をしていた。
生前には見せたことがない顔付きで、真っ直ぐ上を向いて眠っていた。

お通夜を執り行い、次の日は葬式をした。
親戚一同が集結し、お爺ちゃんを見守った。

ふとお父さんを見ると、眼から涙を流していた。
お爺ちゃんはお父さんのお父さん。
言うなれば、僕のお父さんが死んだと同じ感覚。
今まで見たことのない父親の涙だった。

式が終わり、実家に帰った。

お祖母ちゃんが言った。
「私の人生、不幸だった」

父親やその兄貴たちが祖父の死亡を
役所などに伝言したりしている中、

「あいつは最期まで迷惑を掛けるな」と。

僕は悲しくなった。
なんでこれまで連れ添った夫婦なのに
そんな冷たいことを言い放てるのか。

例え、痴呆症が入ってたとしても
倫理観や道徳的なものはなくならないはず。

おじいちゃんは幸せだったのだろうか。
あんなおばあちゃんと最期を迎えて。

おじいちゃんは優しい人だった、気がする。
ずっと耐え忍んでいたんだと思う。

祖父母たちの出会いを初めてきいたけど、
お見合い結婚だったみたいだ。

恋愛結婚ではない。
それをお祖母ちゃんが言い訳がましく言っていた。

こういう背景を聞いて、
お爺ちゃんの最期の顔を思い出すと
あらゆる苦悩から解放された安堵の表情をしていた。

生きていることよりも、
死んでいるときのほうが幸せなんだろう。

人生は一回きりだ。
幸せになろう。

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