ストーリーに固執せず、キャラクターを練る。


かつて僕の周りには頭のイカれた(表現が悪いのは承知の上)人たちが溢れていた。
・池袋在住の20代女性。東◯大学の学生をしていたが、同世代との人間関係をうまく築けず、はぐれ者に。カラオケやコンビニのアルバイトを始めるが、社交性のなさに即刻クビになる。お金を稼ぐために、嫌々キャバクラ嬢になるが、人への媚び諂い方がわからず客へは横柄な態度。今の自分があるのは環境のせいだということで、日本からアメリカへ渡米するも、言葉の壁を乗り越えられず一ヶ月くらいで帰国。大学を卒業するも、スキルなし社交性なし学力なしではどの職も付けず(そもそも就活はしていないが)実家に戻り、親の資産を貪る生活を送る。直近ではホストにハマっているという。

これはドラマの話でも漫画の話でもなく、俺の大学時代の実際にいる友人の話である。
他にもキチガイの友達の話をしよう。
・28歳のいい歳をした男。背丈や風貌は至って普通の男にも関わらず、彼女いない歴=年齢といったいわゆる童貞(チェリーボーリ)である。小学生の頃に先生に、君は文章が上手だねと言われたことをきっかけに小説家になることに決めて、物語を作っては応募している。が、社会はそこまで甘くなく受賞はおろか予選すらも通過しない有様らしい。趣味は読書で、ジャンルは幅広く読むらしいが好むのは哲学書。彼と盛り場で飲むと、カントがどうとかと大層退屈な話をTPOわきまえずしてくる、それが合コンであろうとも。仕事はしておらず、実家の家事手伝いを業としていて、最近では親が営んでいる飲食店が海外進出するということで、そっちのオーナーになるという名目で海外逃亡した。出発直後ではラインで近況報告があったが、今はもう音信不通である。

上の彼に関してはキチガイの部類に入れるのは釈然としないかもしれないけど、普通の人間としは多少違った異質さを持った人だということがわかると思う。まだまだ俺の周りにはキャラの濃い人たちが書ききれないほどたくさんいる。

シナリオを書くときに、まず陥りがちなのがストーリー重視となってしまうこと。確かに起承転結は物語の軸となる部分で、とても大事なものだ。物語がちゃんと結んでいない話は気持ちの悪い読了感に襲われる。

ただね、ストーリーをガチガチにしなくてもよい、というよりむしろ、キャラクター性にこだわるべきなんだと思う。今読んでいるバグマンでも、「些細な日常を面白く可笑しく書けることが一番良い」と言っているが、この通りストーリーを優先する必要は必ずしもなく、日常の中でどんなキャラクターが何をしたのかが重要になってくるのだ。キャラクターさえ掴んでしまえば、あとは勝手にキャラが動いてくれる状態がベストなのだ。

キャラクターの特性を把握し、このキャラなら何を発し、どんな行動をするのか、その行動が他のキャラにどう影響をもたらして、全体のストーリーにどう変化をもたらすのか。

実はキャラクターさえしっかり決まってしまえば、ストーリーなんてものは後からついてくる。こんな面白いことはない。もっと言えば、キャラクターを操っているのは書き手(自分)なのだから、何をしてもいい。ストーリーの中では、そのキャラが法にふれても犯罪を犯しても、嫌われることをしようとも恥ずかしい行動をしようとも、彼の発言がきっかけて話の中の脇役たちの人生が狂おうとも、リアル世界では何の悪影響も与えない。

こんな素晴らしい世界ってあるか?別に絵が上手くなくとも、映像が作れなくとも、文字さえ書ければ世界を創り出すことができるわけだ。しかも、その素材はリアル世界に溢れている。リアル世界を活用したらいい、法律も人も施設も、すべてが自分の世界を創るための素材になり得るわけだ。

物語を作ることは、生きる支えとなり、武器となる。
その武器作りはストーリー(骨組み)ではなく、キャラクター(素材)なのだ。

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