コピーライターになるには?―宣伝会議1日目


4月25日
宣伝会議のコピーライター養成講座に通い始めた。
ここは、様々なジャンルの業界で
活躍する人を多く輩出している講座として有名である。

受講生たちの思惑は皆がみな、
コピーライターになりたいというわけでもなさそうで、
映画監督になりたいから、とか、他部署間交流として
コピーライターの人たちの考えを知りたいから、とか、
いろいろな理由を持って受講している人たちがいた。

それでも宣伝会議の受講生が共通して持っている思いというのはあって
それはやっぱり、クリエイティブなことがしたいということだった。

 

なにかものづくりがしたいとか、
表現を学びたいっていうのは
この講座を受講する人の共通する思いなのであろうけれど、
その中でも言葉のチカラを強めたい人たちが
集っているのはここの特徴なのだろう。

言葉のチカラを強めたいなんて思う人、
普通に生きていては出会うことはあまりないんじゃないだろうか。

人ってあまり自分の発言というか、
放った言葉に対して責任を負っているとは感じはしない。
こう言ったら相手がどう思うか、なんてことを
考えている繊細な人はこの社会では生き難いからね。

でも、ここの受講生たちはほとんどの人が、
そういった面で繊細を極めていた。
話をしていて、そう感じる部分がとても多かった。

 

キャッチコピーは、本質を見ることだ。
ひとつの情報のエッセンスを分解して、
本来のコンセプトを絞り出す。

本質を見るなんて簡単に言っているけれど、
実際はとてもむずかしい。
そもそも、本質ってなにかって話になるし、
見つけた本質は正解なのかという疑問も生まれる。

本質を導き出すのに、ひとつのヒントを得た。
それは、余計な情報を排除していくことだ。

情報の中で、不要で余計な情報を一枚一枚削いでいって
最後に残ったものが、本質なのである、と。

これは、とてもクリエイティブ的な考え方であると、
講師は言っていた。

クリエイティブは、アートとは違う。
アートは、捉える人によって解釈が異なる、
その解釈性が評価される。

クリエイティブはそうであってはならない。
伝えたい内容が、伝えたい人に対して、
しっかりと届けられていなければならない。

「やらないことで、本質を伝えるのだ」と講師は唸っていた。
何かをやらないことで、やっていることの重要性がわかるのだ。

 

けれど、またここで難しいのは、
これだけではコピーライターの意義は果たせてはいない。

事実、クリエイティブなだけでは物は売れない。
コピーテクニックとしての禁忌、恐喝はモノを買わせるためにある。
しかし、ただ商業的なコピーを付与しただけでは、
売れるようにはならない。
商業的なコピーは、比較検討している人に対しては
効果を発揮するのだろうが、
認知の段階では見てもらえないものなのだ。

コピーライターの意義は、
素敵な商品に言葉という包装を施し、
買ってもらえるようにすることだ。
というと小難しい言い方になる、
カンタンな言い換えをすれば、
つまりは好きになってもらえるようにすること。

好きな人とデートをするときは、
可愛い服を来てお化粧をして、
最高にお洒落な格好をする。
それと同じで、好きになってもらうために、
最高に自分を着飾るのだ。

クリエイティブとは、
人に好きになってもらうための技法なのだ、
と今回の講座で学んだ。

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